
はじめに|公正証書遺言があれば安心…ではない?
「父が公正証書遺言を残してくれていたので、相続で揉めることはないと思っていたのに…」
相続に関する相談の現場では、こうした声を耳にすることが少なくありません。
「公証役場で作った遺言書なら、法的にも万全」と思っていたのに、
実際には兄弟姉妹間での微妙な思惑の食い違いから、トラブルの火種になるケースがあるのです。
今回ご紹介するのは、まさにそんな事例。
父親が遺言で「自宅の土地を子どもたちに2分の1ずつ相続させる」と明記していたにもかかわらず、
その後、長男の様子が変わってきた――という次男からのご相談です。
1.相談事例|「2分の1ずつ」のはずが、兄の態度に違和感…
ご相談者は、ある地方に住む次男のAさん。
お父さまは数年前に公証役場で公正証書遺言を作成しており、自宅の土地建物について
「子である長男Bと次男Aに、各2分の1ずつ相続させる」
と明確に記されていました。
数年後、お父さまが認知症を発症し、判断能力が低下してきましたことから、「あのとき遺言書を作成しておいて良かった。遺言があるから相続については心配いらない」と兄弟ともに思っていたそうです。
ところが、最近になって、兄Bさんの娘さんが離婚して兄と一緒に暮らすようになったあたりから様子が変わっていきました。
家庭の事情が大きく変化する中で、兄の口からたびたび聞かれるようになったのが――
「うちはいろいろ大変だったんだから、もうちょっと多くもらってもいいんじゃないか」
といったニュアンスの発言でした。
Aさんは不安を感じました。
「遺言があるのに、どうしてこんなことを言い出すの…?
しかも父はもう判断能力がなく、遺言の内容を見直してもらうこともできない――」
こうした経緯で、当事務所にご相談に来られたのです。
2.公正証書遺言の落とし穴|「形式は整っていても内容は妥当か?」
今回のケースでAさんが特に不安を感じたのは、兄からの言動だけではありませんでした。
「たしかに公正証書遺言はある。けれど、本当にこの内容でよかったのか?」
という、遺言そのものの“中身”に対する疑問も浮かんできたのです。
実は、お父さまが作成された遺言にはこう書かれていました。
「自宅の土地建物を、子である長男Bおよび次男Aに、それぞれ2分の1ずつ相続させる。」
一見すると、分け方も明確で、何の問題もなさそうに思えます。
ですが、「土地建物を2分の1ずつ相続=共有状態にする」という形は、
実はあとあとトラブルの原因になることが少なくありません。
◆ 共有はトラブルの火種になりやすい
不動産を共有で相続すると、次のような課題が出てきます:
- 相手の同意がなければ売却・処分ができない
- 自分の持分だけを使うことができない(建物の場合は特に顕著)
- 固定資産税や修繕費の分担でもめることがある
- 子の代・孫の代へと相続が繰り返され、権利関係が複雑化する
つまり、共有という形式は、相続時の“平等さ”は演出できても、現実の使い勝手には不向きなことが多いのです。
今回の兄Bさんのように、生活状況や経済的事情が変わった場合に、
「やっぱりもっと使いたい」「今さら半分じゃ納得いかない」という感情が噴き出すことは十分にありえます。
◆ 公正証書遺言なら安心…と思っていたけど
Aさんのお父さまは、自ら公証役場で手続きをして、きちんと公正証書遺言を残しました。
では、なぜ内容に問題があったのでしょうか?
実は、公証人の役割は「形式を整えること」であり、「内容の妥当性」まではアドバイスしてくれないのです。
公証人は公証人法において準司法的な権限を与えられており、中立・公正に職務を遂行することが求められています(公証人法第1条参照)。つまり、特定の相続人に肩入れするような助言は控えるべきこととされているのです。
そのため、
- 共有で相続することのデメリット
- 分筆や現物分割の可能性
- 具体的な使い方や将来の処分性 など
実務的・相続的な視点でのリスク評価や提案は、原則として行われません。
Aさんのケースも、「自宅の土地を2人に半分ずつ」というシンプルな表現が、
かえって兄妹間の思惑のズレを生むことにつながってしまったのです。
3.法的ポイントと実務上の注意点|遺言と「生前の合意」の限界
今回のケースでは、父の認知症発症後に、兄弟間で
「将来はこの土地を分筆して、東側を兄、西側を弟が相続する」
といった合意書があらかじめ作成されていました。
しかし、
お父さまの遺言書は「2分の1ずつ相続させる」という共有の形にとどまっていました。
このような経緯を踏まえて、相続に関する重要な法的ポイントを確認しておきましょう。
● 1. 「遺言書があるのに揉める」理由とは?
公正証書遺言があっても、次のような場合にはトラブルが起きやすくなります:
- 遺言の内容が不明確・抽象的(たとえば「財産を平等に分ける」とだけ書かれている等)
- 不動産を共有にする形でしか指定していない
- 相続人のうち誰かの事情が変化し、感情的な不満が生じる
- 被相続人が認知症などにより、後の修正が不可能になっている
→ 今回のように、「2分の1ずつ」という形式的な平等が、かえって不公平感や思惑のズレを生むことは決して珍しくありません。
● 2. 生前の遺産分割の話し合い(合意)は、拘束力がない
「将来こうやって分けようね」という話し合いが生前にされていたとしても、それが法的に有効な遺産分割協議になることはありません。
理由は以下のとおりです:
- 相続は「人の死亡によって開始」するものであり、それ以前に遺産分割の効力を発生させることはできない
- 相続人の確定や遺産の内容も、相続開始時にならないと確定しない
- 生前の話し合いは「道義的な合意」にとどまり、あとから一方が翻意すればそれまで
→ 実務上、こうした合意は後の遺産分割協議の「たたき台」にはなりますが、強制力はありません。
● 3. 相続人全員の「協議」でしか決まらないこと
不動産の名義を変更したり、分筆登記をしたりするためには、
相続開始後に、相続人全員の合意(=遺産分割協議)が必要です。
つまり、今回のように
- 遺言書には共有相続としか書かれておらず
- 生前の合意も口頭レベルにとどまっており
- 相続人の一方が「やっぱりもっともらいたい」と言い出した
という場合、実際にどう分けるかは事実上“これからの話し合い”に委ねられてしまうのです。
4. 専門家の関与で防げた可能性|遺言の“内容”にこそ目を向けるべきだった
今回のようなケースでもし早い段階で相続の専門家が関わっていれば、
「土地を2分の1ずつ相続させる」という表面的に平等な遺言の背後に潜むリスクに気づき、
より適切な提案ができていた可能性があります。
● たとえばこんなアドバイスが考えられた
▸ 分筆を前提に「東側を長男に、西側を次男に相続させる」と遺言に明記する
→ これにより相続後の共有状態を回避でき、トラブルの芽を摘むことができたはずです。
▸ それが難しい場合でも、「将来的に共有物分割を行うこと」や「どちらかが買い取ること」などの方針を、付言事項で示す
→ 被相続人の“意思”が伝わるだけでも、相続人同士の心理的なもつれを和らげる効果があります。
● 「とりあえず作っておけば安心」では不十分
「公正証書遺言は安心ですよ」と言われると、ついそれだけで万全な気がしてしまいます。
しかし、実際には「どう書くか」「何を書くか」の方がずっと重要なのです。
形式的に完璧な遺言でも、
その内容が抽象的だったり、現実に即していなかったりすれば、
かえって相続人同士の解釈の違いや不満を生むことになりかねません。
◆ まとめ|形式だけでなく「中身」が重要
今回のケースでは、
お父さまが公証役場で作成した公正証書遺言を残していたにもかかわらず、
兄弟間で相続の方向性にズレが生じ、不安や不信感が芽生えてしまいました。
その背景には、
- 遺言内容が「2分の1ずつ相続」という抽象的な共有指定にとどまっていたこと
- 公証役場では内容の妥当性まではアドバイスしてもらえないという制度上の限界
- 相続人の家庭状況が変化し、感情や立場が揺らいだこと
など、さまざまな要因が絡んでいます。
◆ 相続トラブルは、気持ちの“ズレ”から始まる
多くの相続トラブルは、法的な争いになる前に、
「こんなはずじゃなかった」
「なぜ自分だけ損をするのか」
といった気持ちのすれ違いから始まります。
その“火種”を少しでも取り除くためには、
遺言の「形式」だけでなく、「中身」=実情に即した内容が整っているかどうかが極めて重要です。
◆ 遺言は、人生の最後のメッセージ
遺言書は、単なる法律文書ではなく、
故人の想いを伝える人生最後のメッセージでもあります。
だからこそ、
- 家族の現状や関係性を踏まえた内容にする
- 将来の変化も見越して柔軟な設計にする
- 書いた内容が“読んだ人にどう伝わるか”まで意識する
そういった視点を持つことが、本当に意味のある遺言書をつくる第一歩です。
👇 専門家のサポートで、想いがきちんと伝わる遺言を
相続の準備は、「何をどう分けるか」という技術的な問題と同時に、「どうすれば家族が安心して次の一歩を踏み出せるか」という感情的な側面も含んでいます。
だからこそ、遺言書を作成する際には、形式だけに頼るのではなく、第三者である専門家のアドバイスを受けることが、家族にとって一番の安心材料になります。
当事務所では、事務所またはZoomによる初回60分無料の個別相談を承っています。
大切な遺志を確実に届けるために、今できる備えを一緒に考えてみませんか?