
はじめに|兄弟姉妹が認知症になったとき、相続手続きは止まる
親が亡くなり、相続手続きを進めようとしたら、相続人である兄弟姉妹が認知症になってしまった。あるいは、相続が発生した時点ですでに、認知症と診断されていた。
こうした状況に直面すると、相続手続きが進められなくなってしまいます。
相続手続きはこのまま進められるのか。
兄弟の代わりに、自分が判断して動いていいのか。
後見制度は必ず使わなければならないのか。
実は、兄弟姉妹が認知症になった場合の相続では、
家族関係の問題というよりも、「制度の壁」によって手続きが止まる場面が少なくありません。
この記事では、
すでに相続が発生しており、相続人の中に認知症の兄弟姉妹がいるケースを前提に、
・どの手続きが止まるのか
・家族が勝手に進めてはいけない理由
・後見制度が必要になる場面と、注意点
を、実務の視点から整理して解説します。
1. 兄弟姉妹が認知症になると、相続の「ここ」が止まる
相続人である兄弟姉妹が認知症になった場合に手続きが止まるのは、「本人の意思表示」が必要な場面です。
ここでは、よく止まる代表的な3つの場面を見ていきます。
遺産分割協議ができない
相続手続きの中心になるのが、遺産分割協議です。
誰が、どの財産を、どれだけ相続するのかを相続人全員で決める話し合いです。
この遺産分割協議は、相続人全員が内容を理解し、合意していることが前提になります。
兄弟姉妹のうち一人でも認知症で意思能力がない場合、その人は協議に参加できません。
たとえ家族全員が
「こう分けるのが一番いい」
と感じていたとしても、本人の意思確認ができない以上、協議は成立しません。
結果として、遺産分割協議書を作ることができず、次の手続きにも進めなくなります。
銀行口座の解約・払い戻しが進まない
相続が発生すると、亡くなった方の銀行口座は凍結されます。
その解除や払い戻しの手続きには、相続人全員の関与が必要です。
銀行は、
「相続人全員が手続き内容を理解し、同意しているか」
を非常に厳しく確認します。
兄弟姉妹の中に認知症の方がいる場合、
その人が自分の意思で手続きに同意しているかを確認できません。
「家族が代わりに説明する」
「署名だけもらう」
といった対応は、原則として認められません。
その結果、預金があるにもかかわらず、
実務上はお金を動かせない状態が続くことになります。
不動産の名義変更ができない
相続財産に不動産が含まれている場合、名義変更(相続登記)にも影響が出ます。
不動産を誰が相続するのかは、
・遺言
・遺産分割協議
のいずれかで決まります。
しかし、遺産分割協議ができない以上、
不動産の帰属も確定せず、名義変更ができません。
名義が変えられないということは、
・売却できない
・担保に入れられない
・活用の判断ができない
といった問題にも直結します。
2. 兄弟姉妹の代わりに「自分が動く」ことはできるのか?
では、認知症の兄弟姉妹の代わりに「自分が動く」ことはできるのでしょうか?
結論から言うと、
兄弟姉妹の代わりに、相続人としての判断をすることはできません。
なぜ「家族だから」では進められないのか
相続手続きの場面で求められるのは、
本人の意思、または法的に認められた代理人の意思です。
兄弟姉妹という立場や、
長年の同居・介護の事実があったとしても、
それだけで「本人の代わりに判断できる権限」が生まれるわけではありません。
たとえば、
・遺産分割協議書への署名押印
・銀行手続きへの同意
・不動産の帰属に関する判断
これらはいずれも、本人の財産に直接影響する行為です。
第三者から見て、
「本当に本人の利益になっているのか」
を確認できない状態では、手続きを進めることができません。
よかれと思って動くことのリスク
実務の現場では、
「とりあえず家族が話をまとめてしまう」
というケースも少なくありません。
しかし、このやり方には大きなリスクがあります。
後から、
「本人の意思が反映されていない」
「不利益な分け方だった」
と判断されれば、手続きが無効とされる可能性もあります。
また、他の相続人との関係がこじれ、
「勝手に進めたのではないか」
という不信感につながることもあります。
家族関係を守るために動いたはずが、
かえってトラブルの原因になってしまう。
これは決して珍しい話ではありません。
できることと、できないことの線引き
では、家族は何もできないのかというと、そうではありません。
相続人としての判断はできなくても、
・状況を整理する
・必要な資料を集める
・専門家に相談する
といった「準備」や「段取り」は行えます。
一方で、
・本人の代わりに合意する
・署名や押印を代行する
・財産の分け方を決めてしまう
こうした行為は、明確に線を引く必要があります。
「代わりに動く」ために必要な仕組み
兄弟姉妹が認知症の場合、
本人の代わりに判断できる立場になるには、
法的な手続きを経る必要があります。
それが、いわゆる後見制度です。
次の章では、
後見制度は本当に必須なのか
どんな場面で使われるのか
を、相続の文脈に沿って解説します。
3. 後見制度は必須?使わないと進まないケースとは
兄弟姉妹の代わりに判断することはできない。
では、相続手続きを進めるためには、必ず後見制度を使わなければならないのでしょうか。
この点については、
相続の内容によっては、実質的に後見制度が不可欠になる
というのが現実的な答えになります。
後見制度が必要になるのは、どんなときか
相続で後見制度が問題になるのは、
「判断を伴う手続き」が避けられない場合です。
典型的なのは、次のようなケースです。
相続財産に不動産がある。
預貯金を解約・分配する必要がある。
相続人が複数いて、遺産分割協議が必要になる。
これらはいずれも、
「誰がどの財産を相続するか」という判断を伴います。
兄弟姉妹に意思能力がない以上、
その人の立場で判断できる人がいなければ、手続きは前に進みません。
この「判断する人」を制度として用意するのが、後見制度です。
後見人は「家族の代表」ではない
後見制度というと、
「家族の誰かが代わりに手続きを進める仕組み」
というイメージを持たれがちです。
しかし、後見人の役割はそれとは少し違います。
後見人は、
本人の利益を守るために、本人の立場で判断する人
です。
そのため、
・他の相続人の意向
・家族全体の都合
よりも、
「本人にとって不利にならないか」
が常に重視されます。
たとえ兄弟全員が納得している分け方であっても、
本人に不利だと判断されれば、後見人は同意できません。
この点を理解せずに後見制度を使うと、
「思ったより自由が利かない」
と感じることになります。
兄弟姉妹が後見人になれるとは限らない
「それなら、自分が後見人になればいいのでは?」
と考える方も多いと思います。
確かに、兄弟姉妹が後見人に選ばれることもあります。
ただし、必ずしも希望どおりになるとは限りません。
相続が絡む場面では、
後見人自身も相続人になるケースが多く、
利益相反が問題になります。
その結果、
・第三者の専門職が後見人に選ばれる
・遺産分割の場面では、さらに特別代理人が必要になる
といった、想定外の手続きが追加されることもあります。
「後見制度を使わない」選択肢はあるのか
それでは、後見制度はどうしても使いたくない場合に、何か別の方法はないのかでしょうか?
たとえば、
法定相続分どおりに分けるなら問題ないのではないか。
家庭裁判所に遺産分割調停や審判を申し立てれば、何とかならないのか。
こうした疑問は自然なものです。
しかし結論から言うと、後見制度を使わずに、預金や不動産を含む相続手続きを進めることは、原則としてできません。
法定相続分は法律で割合が決まっていますが、
それでも「その分け方でよいか」という意思確認は必要です。
相続は自動的に分割される制度ではなく、
相続人全員が内容を理解し、受け入れていることが前提になります。
また、遺産分割調停や審判も、
相続人全員が当事者として参加することを前提に進められます。
意思能力のない相続人がいる場合、
その人を代表する立場の人(後見人など)がいなければ、
裁判所も判断を下すことができません。
ただし、亡くなった親が遺言を作成していた場合は、話は異なります。
・遺言があり、遺産の分割内容が明確
・それによって、認知症である兄弟姉妹の判断を要する手続きがない
といった場合には、後見制度を使わずに済みます。
生前に遺言を残しておくかどうかが、大きな分かれめなのです。
後見制度を使わずに相続手続きを放置した場合のリスクについて
本文のとおり、現実的には後見制度を使わずに相続手続きを進めることはできません。
そのため、
「後見制度を使わない」という選択を取った場合、
相続手続きは事実上、止まったままになることがあります。
現実的には、
認知症の相続人が亡くなるまで、
預金の解約や不動産の名義変更をせず、
現状を維持し続ける、という状態です。
このような対応は、直ちに違法になるわけではありませんが、法改正により相続登記が義務化されたこともあり、法的にも実務的にも推奨されるものではありません。
また、時間が経つにつれて、相続関係がさらに複雑になり、
将来、より大きな負担を抱えることもあります。
このような状況になった場合は、放置せずに早めに専門家に相談されることをお勧めします。
4. まとめ|「家族の努力」だけでは限界がある
兄弟姉妹が認知症になった相続では、
家族の話し合いや善意だけで解決できない場面が多くあります。
それは、誰かが怠ったからでも、
家族関係が悪かったからでもありません。
本人の意思確認ができない以上、
手続きを止めるしかない制度になっている
という、構造の問題です。
後見制度は、その壁を越えるための制度ですが、
万能ではなく、使い方を誤ると別の負担を生むこともあります。
だからこそ、
「何が止まっているのか」
「どの制度が関係しているのか」
を整理しながら、一つずつ判断していくことが重要です。
そして今回のケースは、
本来は親の遺言によって回避できた可能性が高い、
という点も、冷静に押さえておく必要があります。
相続が始まってからでは選択肢が限られます。
今まさに困っている方も、
これからを考えている方も、
制度を正しく知ることが、遠回りに見えて最も確実な一歩になります。
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兄弟姉妹が認知症の場合、
「何ができて、何ができないのか」を整理しないまま動くと、
かえって状況が複雑になることがあります。
相続関係や財産の内容を一度整理した上で、
後見制度を使うべきケースかどうかを含めて、
個別の状況に応じた考え方をアドバイスいたします。

