「公正証書遺言を作ろうと思っていたのに、急に容体が悪化してしまった…」

通常、遺言書は元気なうちに余裕をもって作成するのが望ましいですが、容体が悪化するなどの理由でそれでは間に合わない場合があります。そのような状況でも法的に有効な遺言を残す方法があります。それが「危急時遺言(ききゅうじゆいごん)」です。

この記事では、危急時遺言の基本知識から具体的な手順、注意点、今からできる備えまでをわかりやすく解説します。


危急時遺言とは何か?


法律上の根拠と有効性(民法976条)

危急時遺言は、民法第976条に定められた特別な方式です。条文では以下のように規定されています:

「死亡の危急に迫った者が遺言をするには、証人3人以上の立会いの下に、その口授によってその趣旨を申述し、証人の1人がこれを筆記して、これを他の証人及び遺言者に読み聞かせ、または閲覧させた上で、各証人が署名押印しなければならない。」

さらに、作成から20日以内に家庭裁判所で「遺言の確認」を受けなければ無効となります(民法978条)。

このように危急時遺言は、緊急時であっても遺言として法的効力を持つかわりに、通常の方式よりも厳格な手続きと期限付きの条件があるという点に注意が必要です。

それでは、実際に遺言作成予定者が危篤になるなど緊急事態になった場合どうすればいいでしょうか?

危急時遺言を作成する前に検討すること

まずは、あらためて通常の遺言作成が可能かどうかを検討します。

自筆証書遺言は作成できないか?

自分で文字を書ける状態であるのならば、まずは自筆証書遺言の作成を考えてみましょう。

紙とペン、それと朱肉があれば遺言作成は可能です。チラシの裏に書いても、ハンコの代わりに拇印で押印しても、すべて有効となります。例えば手元にある紙に「遺言書 全財産を妻○○に相続させる。〇年〇月〇日 氏名(生年月日)(拇印)」とだけ書いて拇印を押せば、ひとまずは有効な遺言になります。封筒に入れたり封印をする必要もありません。

通常であれば不動産は登記事項証明書(登記簿)を取り寄せて書いたりしますが、それはどの財産かを特定できるように丁寧に書くためなので、自分がわかる範囲で財産を特定して記載すれば大丈夫です。内容面や書き方について不安があるのならば専門家に相談すればよいでしょう。

公正証書遺言は作成できないか?

もし自分で文字を書けない場合であっても、公正証書遺言であれば作成が可能です。公正証書遺言の文面は公証人が作成するからです。また、入院中で病院から出られない場合でも、公証人に病床まで来てもらって作成することができます。

公証人との打ち合わせや、スケジュール調整が必要なため、1~2週間程度の時間を要することが多いですが、公証人のチェックのもとで確実に有効な遺言が残せます。時間的猶予がある場合は、公正証書遺言にした方がよいでしょう。

これらの通常の方式によって遺言書を作成するのでは間に合わないような状況のときに、いよいよ危急時遺言でいくしかないということになります。


危急時遺言の具体的な手順

ここでは、実際に危急時遺言を作成する際の流れを、ステップごとに説明します。

証人3人以上の立ち会いを確保する

危急時遺言の作成には、証人3人以上の立ち会いが必須です。
証人は以下のような条件を満たす必要があります:

  • 満15歳以上
  • 利害関係のない第三者(推定相続人やその配偶者・直系血族は不可)
  • 遺言の内容を理解し、記録・証明できる者

親族は推定相続人であることが多く、証人にはなれませんので、医師や病院関係者に依頼して証人として立ち会ってもらうという方法が現実的でしょう。


本人が口頭で遺言の趣旨を伝える

本人が自らの口で、財産の分け方や希望を具体的に述べる必要があります。
証人のうちの1人が、その内容を逐一筆記します。

例:「自宅は長男に、預貯金は長女に、仏壇は次男に継がせてほしい」

このような形で、明確に本人の意思が伝わる内容が必要です。


書き取った内容を読み聞かせる or 見せる

筆記した証人は、その場で他の証人と本人に内容を読み聞かせるか、閲覧させる必要があります。

本人が文字を読めない、目が見えないなどの場合は、読み上げによる確認が必要です。


証人全員が署名・押印する

最後に、3人以上の証人すべてがその書面に署名押印することで、危急時遺言が一旦完成します。

ただし、ここで終わりではありません。
この後、さらに家庭裁判所による確認手続き(検認とは異なる)が必要です。


家庭裁判所での「確認手続き」を行う

危急時遺言は、遺言が作成されてから20日以内に家庭裁判所で「遺言の確認」を申し立てる必要があります(民法978条)。これを怠ると、遺言は無効となってしまいます。

申立てには以下の書類が必要です:

  • 危急時遺言の記録書面
  • 立会人の身分証明書・陳述書
  • 遺言者の死亡診断書(または存命でも確認可能な診断書)

家庭裁判所の確認を経てはじめて、法的に有効な遺言として扱われます。

注意点と落とし穴

危急時遺言は、法律上有効な手段ですが、通常の遺言よりも形式や手続きが厳格で、無効になるリスクも高いです。以下の点には特に注意が必要です。

以下のようなケースは、せっかく遺言を作っても無効と判断される恐れがあります。

  • 口述の内容が曖昧で、財産の特定や相続人の指名がはっきりしない
  • 書き取った内容を本人が確認しないまま証人が署名
  • 証人が2人以下だった
  • 20日以内に家庭裁判所への確認手続きが行われなかった

いずれも、「形式上の不備」によって遺言が認められなかった事例です。例外的な措置なので、厳格に形式を整える必要があるということです。


録音・録画だけでは不十分

近年、「本人の音声を録音した」「ビデオ通話で希望を聞いた」などのケースが見られますが、録音や録画だけでは危急時遺言としての法的効力はありません。

録音・録画はあくまで補助的資料にすぎず、署名押印などの他の要件を満たさなければ無効です。

ただし、危急時遺言を作成する様子を録音・録画しておくことは、間違いなく本人の意思を聞き取ったということの証拠にはなりますので、事実上は役立つことも多いでしょう。


危急時になる前に備えておけること

危急時遺言は「最後の砦」として有効な手段ですが、そもそもこのような事態を避けるための準備をしておくことが、より確実で安心な選択です。


早めの公正証書遺言の検討

公証人による公正証書遺言は、形式の不備による無効リスクが極めて低く、
入院中であっても出張作成が可能です。体調が安定している間に、公証人との日程調整や必要書類の準備を済ませておくことが理想的です。


医師との連携・診断書準備

本人の判断能力に不安がある場合、事前に主治医から「遺言能力あり」と記載された診断書をもらっておくことで、後のトラブル防止につながります。
特に遺言の有効性が争われる可能性がある場合には、医師立会いによる作成も検討されます。


家族で話し合っておくべきこと

「親に遺言を書いてもらいたいけど、どう切り出せばいいかわからない…」
そんな思いを抱く人は多いです。ですが、危急時に慌てるよりも、元気なうちに話題にすることが、家族全体の安心につながります。

  • 親の財産の所在や希望
  • 誰が手続きを主導するのか
  • 兄弟姉妹間の合意形成 など

事前の共有が、結果として円滑な終活・相続対策になります。


まとめ

危急時遺言は、「今すぐにでも遺言を残さなければならない」という状況で使える、法律上の特例的な遺言制度です。

ただし、証人3人以上の立ち会い、筆記、確認、そして家庭裁判所での申立てなど、通常の遺言よりも厳しい形式が求められます
この制度を活かすには、正確な知識と迅速な行動が不可欠です。

そして何よりも大切なのは、「そうならないように早めの備えをしておくこと」。
元気なうちに、気力・体力がある段階で遺言作成を進めておくことが、本人にもご家族にも最も安心な選択肢です。

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