
近年、遺言制度の見直しの中で注目されているのが、いわゆる「デジタル遺言」です。2026年4月3日には、成年後見制度の見直しとあわせて、デジタル技術を活用した新しい遺言方式(保管証書遺言)の導入を含む民法改正案が閣議決定されました。
この法律案によると、これまで原則として全文を自書するか、公証人の関与のもとで作成する必要があった遺言について、公的機関が本人確認や真意性の確認をする仕組みのもとで、パソコンやスマートフォン等を用いて作成できる新しい遺言の方式として、保管証書遺言のの創設が盛り込まれています。
この記事では、改正で新設される保管証書遺言の仕組みや注意点をわかりやすく解説します。
1. そもそもデジタル遺言とは?
「デジタル遺言」とは、法律上の正式名称ではなく、デジタル技術を活用して作成・確認・保存される遺言に関する制度や方式を指す通称です。改正要綱案で示されているのは、保管証書遺言という新しい遺言方式であり、報道などでは、これを一般に「デジタル遺言」として紹介しています。
法務省資料では、今回の改正の趣旨は、国民がデジタル技術を活用して、現行の自筆証書遺言と同程度の信頼性が確保される遺言を簡便に作成できるようにするものとされています。つまり、単に紙の遺言書をデータに置き換えるのではなく、デジタル技術を活用しながら、作成者本人によるものであることや、真意に基づくものであることを確認できる仕組みを制度に組み込もうとしているのです。
なお、公正証書遺言についても、すでに作成手続のデジタル化は進んでいます。もっとも、それは既存の公正証書遺言の手続をデジタル化するものです。これに対し、今回の保管証書遺言は、デジタル技術を前提とした新しい遺言方式そのものという点に特徴があります。
2. なぜ保管証書遺言が創設されるのか
現行の遺言制度には、それぞれ使いにくさがあると言われていました。自筆証書遺言は手軽ですが、原則として全文自書が必要なため、手書きの負担が大きい方法です。
一方、公正証書遺言は安心感が高い反面、公証役場との調整や証人の手配、費用負担などが必要で、気軽に利用しにくい面があります。
つまり、現行制度には「手軽だが負担や不安がある自筆証書遺言」と、「安心だが手続の重い公正証書遺言」があり、その中間的な選択肢が乏しかったといえます。保管証書遺言は、その隙間を埋める新しい方式として導入されるものです。
3. 保管証書遺言とは?
保管証書遺言とは、今回の法改正案で新たに創設された普通方式の遺言です。
保管証書遺言は、遺言の全文が記載または記録された証書に、遺言者が署名等の措置を講じたうえで、遺言書保管官の前で遺言内容の全文を口述し、所定の保管申請を行い、法務局に保管されることによって効力が生じるもの、とされています。
これまで、普通の方式の遺言としては、自筆証書遺言と公正証書遺言、秘密証書遺言がありました。今回の改正案は、それらに加わる新しい方式として、保管証書遺言を位置づけるものといえます。
4. 保管証書遺言の作成の流れ
改正案によれば、保管証書遺言は、次のような流れで成立することになります。
1.遺言の全文が記載または記録された証書を作成する
2.遺言者が、その証書に署名またはこれに代わる措置(電子署名等)を講ずる
3.遺言者が遺言書保管官の前で、全文を口述するなど、本人確認と内容確認の手続きを行う
4.法務局における遺言書の保管制度に基づき、その証書の保管を受ける
このように、保管証書遺言は、自筆証書遺言のように全文自書を必要としない一方で、本人確認と全文口述を通じて、本人が作成したことや真意に基づくことを確認する仕組みが組み込まれています。
ポイントは、証書自体は書面でも電磁的記録でも作成が可能だということです。また、本人確認や全文口述の方法については、対面だけでなく、ウェブ会議の活用も想定されています。たとえば、遺言データやそのプリントアウトを法務局に提供し、遺言者が対面で、またはウェブ会議を利用して遺言書保管官に全文を口述するということが想定されています。
さらに、今回の法案では、法務局における遺言書保管制度自体も見直され、自筆証書遺言書も含めて、出頭や書類の提出を要することなく保管申請等を行えるようにする方向が示されています。そのため、保管証書遺言の新設だけでなく、既存の遺言書保管制度全体の利便性も高まることが期待されています。
5. 保管後の扱い(閲覧・通知・撤回)
保管証書遺言は、作成して終わりではなく、その後の閲覧や通知の仕組みも整えられています。
遺言者本人は保管された遺言の閲覧請求等ができ、死亡後は相続人等が保管の有無の証明や内容の閲覧請求をすることができます。また、相続人等の一人に閲覧等をさせた場合には、他の相続人等にも保管の旨が通知される仕組みが設けられる予定です。
さらに、保管証書遺言については、保管の申請をいつでも撤回できるものとされており、その場合は遺言自体を撤回したものとみなされます。
6. 保管証書遺言はいつから始まる?
今回の民法等の一部を改正する法律案については、2026年4月3日に閣議決定されました。この法律案要綱によれば、この法改正の施行期日は原則として公布の日から起算して2年6か月を超えない範囲内で政令で定める日とされています。
ただし、保管証書遺言の制度および遺言書保管制度の改正については、公布の日から起算して3年を超えない範囲内の日から施行とされています。保管証書遺言については、法案が成立したとしても、実際の施行までは一定の準備期間が置かれる見込みです。
なお、死亡危急時遺言や船舶遭難者遺言の新方式の追加、押印要件の見直しについては、公布の日から起算して1年を超えない範囲内で施行される予定とされています。
7. その他の遺言制度の見直しについて
今回の法改正案では、保管証書遺言の創設だけでなく、既存の遺言制度についても重大な見直しが盛り込まれています。
まず、自筆証書遺言、秘密証書遺言、特別の方式の遺言について、遺言者・証人・立会人の押印要件が廃止される予定です。
また、死亡危急時遺言や船舶遭難者遺言といった特別方式の遺言についても、録音・録画やビデオ通話など、デジタル技術を活用した新たな作成方法が追加されます。さらに、船舶遭難者遺言の対象場面も、適用範囲が見直され、天災その他避けることのできない事変を含む形にすることによって、より広く緊急時の遺言として使いやすい制度に整えられることになる予定です。
8. 一般市民や実務への影響
今回の改正により、遺言作成実務は「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の二択に近かった状態から、第三の選択肢を持つことになります。保管証書遺言は、手書き負担の軽減と、公的機関による確認・保管の仕組みを両立させようとする制度であり、これまで遺言作成をためらっていた人にとって利用しやすい方式になる可能性があります。特に、全文自書の負担は重いが、公証人を利用することにも心理的・費用的なハードルを感じる人にとって、保管証書遺言は新たな選択肢になり得ます。
その一方で、方式が増えることで、「どの方式を選ぶべきか」を個別に考える必要性はむしろ高まるともいえます。簡便さを重視するのか、紛争予防の確実性を重視するのか、財産内容や家族関係に応じて選択する視点がこれまで以上に重要になるでしょう。
9. まとめ
今回の法改正案では、保管証書遺言という新しい遺言方式が示され、遺言制度は大きな見直しの時期を迎えています。デジタル技術を活用した、より簡便な方式が導入されることで、今後、広く遺言書の作成が普及することも期待されます。
もっとも、本当に大切なのは方式の選択そのものではなく、自分の意思を適切な内容で残せるかどうかです。方式が整っていても、内容が不明確だったり、家族関係や財産状況に合っていなかったりすれば、十分な備えにはなりません。
遺言作成を考えるときは、どの方式で作成するかだけでなく、内容面の適切さもあわせて検討することが大切です。

